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あの頃の郵便局 [青春時代]

また、今年も年賀状の季節が来た。
 
私は、いつも、
年賀状は、郵便局に勤務している
Sくんに依頼している。
 
 
 
彼とは中学生の時からの付き合いだ。
 
郵便局と言えば、
 
私が二十歳前後の頃、東京中央郵便局で、
4年間ほどアルバイトをしていた事がある。
 
 
 
当時、
局内ではアルバイトとは言わず、
「非常勤」と言っていた。
 
局内のあらゆる部署で
4年間も働いていたのだから、
あらゆる部署の様子は分かる。
 
その間は、私が浪人をしてた時期、
そして、その後大学に入学しての時期にあたる。
 
1階の窓口勤務の頃、
主事のKさんがそのフロアーの責任者だったが、
その下に副主事の太った人がいた。
 
 
今から数年前の事。
先ほど冒頭で記した、
いつも年賀状を頼んでいるSくんから、
「転勤して中郵の窓口にいる」と言う
連絡を受けた事がある。
 
早速、お客として、窓口に行き、
Sくんを捜した。
 
すると彼は、
数十年前、
まさに太った副主事が座っていた同じ席で、
ハガキの束に印鑑を押していた。
 
私の、人生の中で、
若い頃自分自身が接した場所に、
また違う人生の流れの中の知り合いが、
同じ場所に重なって登場したのだ。
 
何とも妙な状況だったが、
別に悪い気はしなかった。
 
思わず、バック・ツウー・ザ・ヒューチャーの
一場面を思いだしてしまった。
 
 
窓口の外国部で働いた時、
夜の8時頃、女性が封書を出しに来た。
 
受付けた際、良く見ると有名な女優だった。
名前は度忘れしたが、あて先はフランスだった。
 
また、職員のHZさんから、
「郡上八幡の郵便局長の辞令を貰った」と
私に見せてくれた事があった。
彼は当時、まだ28歳だった。
地方の局長は世襲制だったのだろうか。
 
 
 
地下には私書箱があった。
そこに、漫画の「意地悪ばあさん」を
そのまま男にしたような、
小さくて、良くお喋りをする人がいた。
 
彼の名前は「A楽吉之丈」と言う。
 
歌舞伎役者のような名前だったので、
子供の頃、良く先生にからかわれたそうだ。
 
郵便局は東京駅の目の前にあり、
場所的には東京の度真ん中だ。
 
現在は、
局員は綺麗な制服で働いていると思うが、
当時はそうでもなかった。
 
知人が地方から上京して、
その人と面会する際は、
わざわざ背広に着替えていた。
 
地方の人をがっかりさせてはいけない
と言う配慮のようだ。
 
4階か5階で、
外国からの輸入品の検察の
手伝いをした事がある。
 
係官が派遣されて来ていた。
彼らは全員紺色のコートを着ていた。
 
銀製品が混じっていないかどうかは、
電流を通して、その有無をチェックしていた。
 
また、写真集の内容のチェックもあった。
 
外人女性の裸の写真で、
アンダー・ヘアーが写る物は
全部没収してしまうのだ。
 
当たり前の話だが、
頭髪が茶色の女性は下のヘアーも同じ色だった。
 
今の日本では、ヘアー写真集は
当たり前の事であるが、
今から数十年前の事である。
 
広いフロアーの真ん中に
没収した写真集が渦高く詰まれていた。
その後、それをどう処理したのかは知らない。
 
ある日、
職員がこう話していたのを
耳にした事がある。
 
「自分達の給料は安いが、
国鉄よりは良いよ。下から2番目だからな」。
その話を聞いて、
私は郵便局に就職するのは止めにした。
 
しかし、現在、
定年まで郵便局で働けば、
退職金は、男女に関係なく3000万円だそうだ。
 
民間よりはずっと良い金額だ。
今になって後悔しても遅い。
 
しかし、これも、
民営化されて以降は、
どうなったのか、私は知らない!
 

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